2012112

経済セミナー20122月号(元原稿)

 

電波オークションまったなし:

日本を変えるマーケットデザイン

 

松島斉

 

東京大学経済学研究科教授

 

     マーケットデザインは、実践への活用が期待できるゲーム理論の花形分野だ。電波オークションやきたるべき電力市場の政策などには欠かすことのできない専門的知識を提供する。にもかかわらず、日本政府はマーケットデザインに消極的であり、それはまるで日本の閉塞感を象徴するかのようだ。このエッセイで、日本で深刻化している電波オークションの導入を例にとって、その実態、問題点、およびマーケットデザインによる解決の糸口を探る。

 

 

1.はじめに

 

電波利用や空港スロット割り当て、電力市場、CO2排出権取引など、オークション(入札制度)は、現実の政策として議論されるようになり、電子商取引やスポンサードサーチなど、広くビジネスにも活用されるようになった。また、学校選択や研修医などのマッチング制度についても、さまざまな政策が検討されるようになった。

「マーケットデザイン」は、このようなオークションやマッチングの制度設計を専門的に分析するためのゲーム理論の応用分野である。マーケットデザインの研究は、近年飛躍的に進み、経済学全体においてとりわけ重要な位置を占めるようになった[1]。オークションやマッチングが優れた効果を発揮するためには、マーケットデザインの専門的知識の活用が必要不可欠になっている。

しかし、日本では、マーケットデザインの重要性が十分には認知されておらず、その専門的知識が、現実の政策論議やビジネスに十分に生かされているとはいいがたい。特に、電波利用免許の割り当てにオークションを活用する制度的仕組み、いわゆる「電波オークション」については、主要国のほとんどが導入済みであるのに、日本政府はいまだに問題の多い旧来型の割り当て方式に固執しており、世界から取り残された感がある。

私は、日本の研究者がイニシャティブを発揮して、マーケットデザインの有用性についての理解を広める努力をもっとすべきと考えている。そこで、東京大学の神取道宏教授、柳川範之教授、九州大学の横尾真教授、およびスタンフォード大学の小島武仁助教授を発起人、代表を私として、「オークション・マーケットデザインフォーラム(AMF)」を立ち上げることにした。マーケットデザインに関連する研究者が集うことにより、理論の発展を踏まえた政策提言、および研究者間、実務者・研究者間、政策担当者・研究者間の情報ネットワークの構築を推進して、ゲーム理論が日本社会に貢献する機会を開発していきたいという強く願っている。詳しくは、以下のURLを参照されたい。

 

http://econexp.org/auction/

 

最近になって、通信事業の監督官庁である総務省は、第4世代携帯に電波オークションを導入すると発表した。今まで幾度となくオークション導入の話が持ち上がっては立ち消えてきたので、本当に導入に踏み切れるかはいまだ不確定であるものの、これは一歩前進と言える。しかし、電波オークション導入には、他の財・サービスのケースにはない困難な障壁がいくつかあり、政府は今後これらの解決に真摯に取り組まなければならない。このエッセイで、マーケットデザインの重要性とその難しさの一端を、電波オークションを例にとって簡単に紹介したい[2]

 

2. 立ち遅れている日本:オークションと比較聴聞

 

通信事業が急成長産業に躍り出て久しいが、以前は、営利目的の企業が電波利用免許の獲得に競合するようなことはあまりなく、どの国でも、比較聴聞方式によって、利用を申し出た企業に事業計画を提出させ、公共性の観点などから無償で免許割り当てを決定していた。しかし、通信技術革新によって、多種多様な営利サービスが期待できると、電波は希少性のもっとも高い経済資源の地位へ一気に上り詰めた。よって、多くの国々では、以前とことなり、この希少な資源をいかにして、高収益がみこまれる企業に割り当てて、配分の効率性を達成するかが重要な政策目標になった。比較聴聞方式はこの政策目標に不向きであるため、OECD加盟国のほとんどは、市場原理に基づいたオークション方式に早々に切り替えた。

しかし、日本政府だけは、通信事業が重点産業に成長することがわかると、むしろ比較聴聞方式を温存する道を選択してしまい、以降は、既存企業の既得権益と政策当局の許認可権益にまつわる官民癒着の疑念がつきまとうことになった。国益を損なう深刻な事態が続いている現状から一刻も早く脱し、日本政府がオークション導入に踏み切ることは、切に望まれていることであり、もはや「まったなし」の催促だ。

オークションは、あらかじめ厳格にルールを設定し、企業に指値などを通じて必要情報を開示させ、開示情報とルールに基づいて割り当てと対価を決定する方式だ。企業の収益性は、当該企業自身が一番よく知る機密情報であるから、政策当局は、個別企業に対して、自身の収益性に関する情報を正しく開示するインセンティブを提供しなければならない。そのためには、客観的な評価基準をきちんと決め、割り当てと対価の決定の仕方をルール化する制度的仕組みを設計しなければならない。

電波オークション導入とは、このようなインセンティブ問題に、政府が正面から向き合うことに他ならない。オークションのルールが適切に設計されるのであれば、有価証券報告書のように法規制を通じて企業に情報を提出させるのとは本質的に異なり、企業が自身のビジネスにかかわる機密情報の必要部分を、虚偽なく、誇張なく、自らすすんで、ありのままに開示するようになる。国民は、どの企業が相対的に高収益かを、オークションの結果を見ることによって、初めて正しく知ることができるのだ。

一方、比較聴聞方式は、客観的審査基準を設けず、割り当ての仕方をルール化せず、対価の支払いも考慮しないため、効率性達成には不向きだ。比較聴聞方式では、割り当ては裁量的になされるが、その判断は、ロビイングや弁護士の活動など、経済的価値とは無関係な要因に翻弄される。挙句の果て、政府が国内有力企業に無償で割り当てるのは当然だと公言してはばからなくなくなる。世論も、判断材料となる情報がないがために、政府の公言におのずと同調するようになり、既存企業間での配分バランスやあいまいなうわさなどをその論拠とするようになる。

監督官庁に対するガバナンスが不徹底な状況にあれば、天下りのような極私的動機によって、官民癒着の温床が作られ、もはや公共性という言葉すら、理屈の通らない割り当てを正当化するための隠れ蓑に過ぎなくなる。このような事態の発生は、通信事業革新の当初から、具体的に想定される懸念材料と考えられており、このことは諸外国が早期に比較聴聞方式を放棄する重要な引き金となった。にもかかわらず、日本政府は未だに比較聴聞方式に固執しており、問題だ。

落札企業が支払う対価は、政府の収入となり、国庫に納められる。電波自体の所有権は本来国民にあるのだから、オークションのルール設計においては、効率性ともども、高収入を獲得して国家財政に役立てることも課題になる。海外企業が参加する場合には特に重要だ。海外企業は、国内企業とパートナーシップを形成するだけでなく、直接サービスを提供することで消費者便益をより一層高めることができる。海外企業は、入札競争を通じて、免許利用に対して高額の対価を支払うので、国内に発生する余剰が海外に流出しないで済むことになる。

オークションは、免許を落札した企業は高い収益をもたらす企業であることを天下に知らしめる。この情報公開の効果によって、高収益のビジネスチャンスをもつものの、出資者にそれを立証できないために資金繰りが厳しかった企業は、免許を落札するや否や、資金調達能力を改善させることができる。よって、オークションが適切に設計されるのであれば、オークション終了後、落札企業は、対価の支払い負担があるにもかかわらず、将来収益を担保に高額の資金を調達できるため、あまり制約なく設備投資することができるようになる。

オークションのすぐれた情報機能が有効に利用されるためには、ルールの設計や規制政策が適切になされることが必要不可欠である。例えば、オークションには、潜在的には、企業集中を加速化させ消費者便益をそこねる危険性がある。よって、オークションの実施には、あらかじめ、免許ごとの電波利用範囲や企業ごとの割り当て数などを制限し、消費者価格を規制するなどして、企業集中と独占利潤を抑制する政策が用意されていなければならない。こうすることで、高収益企業への優先的割り当ての実現は、消費者便益全体を向上させ、効率的配分をもたらすことができる。

以下において、すぐれた電波オークションのルール設計に特に重要と考えられる論点、すなわち、組み合わせオークション、入札参加促進、共謀阻止といった論点について説明し、それらの解決の糸口を示したい。

 

3. SMRAの成功と失敗

 

現時点では、世界標準となるような電波オークションのルールは、実用的には確立されていない。電波オークションのルール設計を難しくしている要因のひとつは、一度に複数の異なる免許を入札にかけなければならない点にある。企業は、複数の周波数帯の中から必要なものを選び、それらを組み合わせることによって高収益を生むバンドプランを構成する。この際、任意の複数免許について、ある入札者はそれらを代替財とみなすが、別の入札者は補完財とみなす、といったケースがおこり得る。このような事情から、電波オークションでは、複数の周波数帯利用免許を一度に同時に入札にかけなければならず、そのためルール設計は複雑になる。伝統的なオークション理論では、単一アイテム一単位の売却についての分析が中心であった。よって、電波オークションの研究には、複数の免許をいくつかのパッケージ(免許の組み合わせ)に分割して入札者に割り当てる手続きを明示的に考慮する新しい枠組み、すなわち、「組み合わせオークション」の分析枠組みが必要になる。

組み合わせオークションの理論研究は、電波オークションの要請に並行して急ピッチで進められ、さらには、理論を実践にいかに役立てるかを研究目的の中軸に据えた。こうして、代表的なゲーム理論研究者であるミルグロム(Milgrom)、ウィルソン(Wilson)、およびマカフィー(McAfee)は、「同時複数ラウンドせり上げオークション(SMRA)」と呼ばれる、過去に類例のない新しいオークションルールを開発した[3]SMRAは、複数の免許を同時にせり上げ、全ての免許について指値の追加がなくなった時点でせりを終了し、各免許は最高指値をした企業に落札されるとするルールである。SMRAは、1994年に米国で世界初の本格的な電波オークションを実施した際に、実際に利用された。このオークションの成果は、世界に大きな衝撃を与えることとなった。なぜならば、通信事業が今後いかに高い収益をもたらすかが、この入札結果によってはじめて明らかになったからである。当時の世論は、通信事業は贔屓目に見積っても高々100億ドル以下のビジネスだと予想していた。しかし、この電波オークションは、なんと400億ドル以上もの国庫収入をもたらしたのだ。

米国での成功によって、SMRAは一躍世界標準のルールとされ、各国はこぞって電波オークションにこれを利用した。2000年から2001年にかけては、欧州各国が第3世代携帯に一斉にSMRAを導入した。しかし、米国のような成果をあげたのは英国だけで、他の国は、比較聴聞方式よりははるかにましであるものの、失敗に終わった[4]

大事なことは、SMRAがその機能を発揮するためには、多くの企業が入札に参加することが必要不可欠である点だ。よって、政府は、新規企業の参加を促進すべく積極的に努力しなければならない。実際、英国政府は、当初から新規参加促進をスローガンに掲げたため、成功した。たとえば、新規企業は設備投資や資金面で既存企業に後れをとっている。このハンデを補うべく、英国では、ローミングや売却免許数などが慎重に吟味された。また、既存企業全体が獲得できる免許数を全売却免許数よりも低く制限することによって、新規企業が免許を獲得できる機会を確保した。このような参加促進の策が功を奏し、英国では、多くの企業が参加し、高収入を記録できたのだ。

しかし、オランダ、イタリア、スイス、オーストリアは、参加促進策を十分に講じなかった。すると、SMRAは一転して、新規参加を阻止し、参加企業同士を共謀させる悪しきルールに変貌してしまう。例えば、SMRAでは、高い指値をしても、次のラウンドで相手がさらにせり上げれば落札できない。米国と英国の事例を見てこのことを学習した新規企業は、既存企業相手に勝ち目はないと判断して、入札参加を早々にあきらめてしまったのだ。また、SMRAの下で、参加企業数が少ない状況では、参加企業間で、せり上げずに低価格のまま終了させ、複数の免許をなかよく分け合うように共謀できる。なぜならば、共謀を破ろうものなら、次のラウンドでせり上げられて簡単に報復されるからだ。こうして、これらの国々ではことごとく共謀が起きてしまった。

オランダでは、4免許がSMRAによって売却された。海外企業の入札参加が認められ、国内には有力な新規企業が数社存在していた。オランダ政府は、一企業につき高々一免許のみを獲得できるとする割り当て制限を設けたが、それ以外にはこれといった参加促進策を講じなかった。オランダには4社の既存企業が存在していた。これらの既存企業は、以下のような巧妙な手口によって、一免許ずつを低価格でなかよくわけあう共謀を成立させたのだ。

既存企業は、新規企業と海外企業の参加さえなければ、なかよく一免許ずつを低価格で獲得できる。そのため、既存企業は、オークションの前から互いに共謀して、新規企業と海外企業が参加をあきらめてもらうことに全力を尽くすことにした。有力な新規国内企業には手切れ金を渡し、海外企業には好条件の分配率でパートナーシップを結ぶことで、入札参加を断念してもらった。弱小新規企業一社の入札参加だけは阻止できなかった。しかし、オークションの最中に、積極的に指値してくると、ある既存企業は、この新規企業に「別件で告発する」と脅したため、せり上げはとまり、4免許は既存企業に低価格で落札される結果となった。脅し行為は違反だが、オランダ政府は、オークションがすみやかに終了することを優先し摘発しなかったのだ。また、共謀が起こる状況では、海外企業に入札参加を許可することは、パートナーシップの分配率をめぐる海外企業の交渉力を強めて、国益が海外に流れるルートを拡大するだけであり、かえって逆効果になってしまう。

 

4. 日本政府案:仏作って魂入れず

 

以上の経緯から、現在ではSMRAに問題点のあることはかなり明確になっており、SMRA、依然有用ではあるものの、もはや万能とも世界標準ともみなされていない。しかしながら、総務省が公表した第4世代携帯向けオークションの原案は、SMRAを基本ルールとしており、欧州の失敗が再現されることが懸念される。なぜならば、総務省は、SMRAを基本とするも、参加促進策を重視していないからだ。これでは、SMRAを導入するも「仏作って魂入れず」という事態になりかねない。

留保価格(最低入札額)を厳格に設定するとしている点も疑わしい。留保価格が本当に実行されるならば、共謀を抑制し収入を高める効果があるが、留保価格設定はその根拠付けが難しい。しかも、売れ残っても留保価格を引き下げて再入札しないといったコミットメントをする必要があり、その実効性には大いに疑問が残る。むしろ新規参加意欲を減退させるマイナス効果の方が心配だ。また、総務省は対価一括支払いを義務付けているが、このことも、資金面で不安を抱える新規企業の入札参加意欲にマイナスに働いてしまうかもしれない。

らに気がかりなのは、総務省が、効率性ではなく高収入を目標とすることを強調している点だ。たとえば、非合理な仕方で価格を高騰させるのではないかといった疑念を払拭できない。参加数が少ないにもかかわらず価格が高騰したケースとしては、2000年のドイツの事例がある。ドイツは、SMRAを複雑にして共謀を企てにくくした。すると、参加企業は、収益性とは無関係に、相手との相対的地位などを争って「熱狂」し、価格は高騰した。しかし、落札企業は高額の対価を支払えず不履行に陥ってしまった。このような熱狂は、効率性を乱すだけであり、まねするに値しない。

高額の支払いという「ムチ」と、事後的に消費者価格の引き上げを認め独占利潤で支払い負担を補わせる「アメ」を用意して、「官製談合」によって高収入を引き出すやり方も考えられる。これは深刻な「政府の失敗」であり、危険だ。消費者に負担を転嫁するだけでなく、経済厚生に歪みをもたらす。対価支払は固定費用とみなされるので、可変費用に影響する別の理由がない限りは、消費者価格に影響を与えないはずだ。これはどの国の政策担当者も最初は誤解するポイントのようだが、現実にも値上りした事例はない。むしろ、この誤解のために、政府の失敗が引き起こされることこそを懸念すべきだ。現状の日本では、このような事態が起こってもおかしくない。政府は、入札終了後に政治的圧力によって規制を緩和できるといった淡い期待を企業に抱かせないように、十分配慮すべきだ。

 

5. 世界標準ルールの確立に向けて

 

SMRAは、上述したような参加阻止と共謀の問題以外に、もっと本質的な問題点を抱えている。SMRAでは、入札参加企業は、個々の免許に対して指値をし、個々の免許ごとに落札者が確定される。しかし、企業にとっては、個別の免許ではなく、免許の組み合わせ、すなわちパッケージを落札することに、オークション参加の本来の意義がある。よって、オークションを通じて、各企業に、個々の免許ではなく、どのパッケージをどの程度希望しているかについて情報開示させなければならない。しかし、SMRAではそれがうまくできない仕組みになっている。SMRAには、パッケージの収益性に対する企業評価が十分に開示されないという重大な欠点があるのだ。

この欠点により、SMRAを利用する際に、各国政府は、あらかじめ実行可能なバンドプランを限定して、個別企業が自由にパッケージを選択できる余地を制限しようとするようになる。政府によるバンドプランの限定の判断は、比較聴聞方式によってなされる。そのため、前述したような裁量的判断にともなう弊害が再び危惧されることとなる。このような経緯から、SMRAの利用をやめて、より汎用性のある世界標準を確立すべく、個別企業がもっと自由にバンドプランを選ぶことのできる新たなルール設計を模索することが急務になった。

「メカニズムデザイン」と称される、マーケットデザインを包含するゲーム理論の応用分野では、ヴィックリー(Vickrey)、クラーク(Clarke)、グローブス(Groves)といった先人たちによって、「VCGVickrey-Clarke-Groves)メカニズム」と呼ばれる、理論的にきわめて汎用性の高いルール設計の仕方が、既に確立されている[5]VCGメカニズムでは、各入札者が、全てのパッケージについてその収益性評価を表明し、表明した内容に照らしてもっとも効率的なパッケージ配分が決定される。そして、各入札者は、自身が獲得するパッケージの利用機会を他の入札者から奪ったことによって生じる損失分を、対価として売り手(政府)に支払う。

VCGメカニズムでは、全パッケージの収益性を正直に表明することが優位戦略になり、そのため、効率性達成が必ず保証される。VCGメカニズムより高い収入をもたらす効率的なインセンティブメカニズムは、かなり一般的な状況において、他に存在しないことがわかっている。また、優位戦略の性質ゆえに、各入札者は、他の入札者の行動について当て推量する必要もない。このように、VCGメカニズムは、理論的には極めて万能なルールといえるのだ。

しかし、VCGメカニズムを現実に使うとなると、すぐ壁にぶち当たる。VCGメカニズムを字句のごとく実行しようとすると、各入札者は、全てのパッケージに対する収益性評価を一度に表明しなければならないが、これは非常に複雑な作業になる。例えば、10個のことなる免許が入札にかけられる場合、各入札者は、1023個ものパッケージについてその収益性を計算し表明しなければならず、認知能力の限界に直面する。このような複雑性問題は、入札者がパッケージを自由に選ぶことを重視すればするほど、深刻になる。

このような事情から、マーケットデザインの研究者は、入札者に一度に全パッケージの収益性を表明させる代わりに、入札者が容易に返答できるような単純化された質問形式によるプロトコルを新たに考案し、オークションに組み入れることによって、VCGメカニズムのような理論的に優れたインセンティブメカニズムを実用化する試みに挑戦している。

 

6. 時計オークションとその拡張

 

その代表的なアプローチは、「時計オークション」方式と呼ばれる、「ワルラスのタトヌマン過程」を組み合わせオークションに組み入れる試みだ。まず、電波利用免許をバンドプランの自由度を十分に確保できるように細分化して定義し、代替的な免許同士を同じアイテムとみなすことによって、複数単位の複数アイテムを同時に売却するオークション環境を設定する。そして、せり人は、アイテムごとに単位価格を公示し、各入札者は、与えられた公示価格ベクトルを所与として、どのパッケージ(アイテムごとの購入単位数の組み合わせ)がほしいかについて需要表明する。個別アイテムについて超過需要が発生すれば、次のラウンドでそのアイテムの価格をせり上げる。入札者は、せり上げによって更新された公示価格ベクトルに対し、前に需要表明したパッケージには制約されずに、好きなパッケージをその都度需要表明する。このステップを繰り返して、全てのアイテムについて超過需要がなくなった時点で、せりは終了する。

時計オークション方式において入札者がすべきことは、公示価格ベクトルに対する最適反応となるパッケージを表明するだけである。これは、全パッケージの収益性を表明することに比べ、はるかに容易な作業だ。しかも、この作業だけで、セリ人は必要情報のかなりの部分を収集することができる。とはいうものの、時計オークションだけでは、効率的配分を確定できるだけの十分情報を収集できるわけではない。そのため、セリ人による同時せり上げ方式をさらに拡張したプロトコルを、さまざまに工夫することが必要になる。

例えば、Parkes (2006) は、入札者ごとにことなる価格を公示することによって情報収集能力を高める工夫を提案した。この場合には、価格調整はより複雑になり、また、必要でない情報も開示される「プライバシー」問題も発生する。それに対し、松島 (2011a) は、は、プロトコル自体をオークションルール設定から切り離して、せり人に価格調整などの裁量権をある程度与えることによって、複雑性とプライバシー問題を解決するアプローチを提案した。また、英国で第4世代携帯向けに検討していると予想されるのが、Ausubel et al (2006) によるパッケージ時計オークション(Package Clock AuctionあるいはClock Proxy Auction)である。パッケージ時計オークションでは、時計オークション終了後に、入札者が自由に任意のパッケージについて指値できる、「封印型オークション」のステージが設けられている。

これらの設計案を実際に使う場合に注意しなければならないことは、入札者が時間を通じて矛盾する表明をした場合にどのように対処するか(「顕示選好行動ルール」をどのように設定するか)という点にある。例えば、2免許(免許1、免許2)をパッケージ時計オークションによって売却するとし、二人の入札者(企業1、企業2)が参加したとしよう。企業1は、免許1を10ポイント、免許2を5ポイント、免許1と2のパッケージを15ポイントと評価しており、企業2は免許1を5ポイント、免許2を10ポイント、免許1と2のパッケージを15ポイントと評価しているとしよう。まず、時計オークションにおいて、免許1,2ともに5ポイントまでせり上がり、企業1が免許1、企業2が免許2の暫定落札者になった。この場合は、企業1,2ともに、免許1について約5ポイント、免許2について約5ポイント、免許1と2のパッケージについて約10ポイントを指値したことになる。しかし、時計オークション終了後の封印型オークションにおいては、企業1は免許1について、企業2は免許2について、暫定落札者となった免許を失いたくないという「損失回避(Loss Aversion)」のため、さらに高額の指値を追加することが、行動経済学的に考えられる。実際、20082月に英国で行われた電波オークションでは、パッケージ時計オークションが利用されたが、参加企業数社が、時計オークションのステージで暫定落札者となった免許のパッケージに対して、時計オークションでの需要表明と矛盾する高額の指値を、上述と同様の仕方で、封印型オークションのステージで追加したため、結果的に政府収入が極端に低くなってしまった[6]。ただし、このような事例にみられる失敗は、今後十分克服可能な程度の問題と思われる

 

. 免許再配分の困難

 

現状における日本の既存免許配分は非効率と推測される。この場合、既存免許を回収して再配分することも検討課題になりうる。また、過去の裁量的割り当ての失敗が原因で再配分が急務になることも考えられる。その際には、新規と既存の免許を一緒に入札にかける「組み合わせ交換(Combinatorial Exchange)」方式によって効率性を高めることができる(松島(2011b))。しかし、収益性について不確実な状況下では、既存免許を持つ企業は、政府に対して非常に強い交渉力をもつようになり、注意が必要だ。

経済学においては、民間同士の交渉によって、あるいは「市場放任」によって、効率的配分が公的機関の介入なく達成できるとする「コースの定理」(Coase (1960))が知られている。しかし、コースの定理が成立するためには、収益性についての不確実性があらかじめ解消されていることが前提となる。電波割り当てのような不確実性下では、逆に、効率性の達成が困難であることが知られている(Myerson and Satterthwaite (1983))。政府は、効率性達成のために政策介入しようものなら、既存免許を持つ企業に高額の補助金を払うはめになり、国庫収入を稼ぐどころか、赤字にもなりかねないのだ(松島(2011b))。

SMRA導入以前に、米国は、「くじ引き」によって電波利用免許を割り当てたことがあるが、投機家が殺到し、入札後の転売は機能せず、失敗に終わった。また、米国は、ニューヨーク・ラガーディア空港で、既存発着枠を無償で回収してオークションによる再配分を計画したが、業界の反対で実現に至らなかった。これらの事例は、再配分の困難さを物語っている。初期の段階において、オークションなどによって、あらかじめ不確実性を解消しておくことが肝要であるわけだ。

電波入札導入は、対価支払要求などのため、既存企業の賛同を得るのが難しい案件だが、日本政府は、国益にかなう制度設計の方針を具体的に打ち出して、この障害を乗り越えなければならない。政府は、「政府が市場の代わりをする」もしくは「市場にすべて委ねる(市場放任)」といった二者択一の発想を捨て、オークション導入のように、民間に散在する私的情報を虚偽なく誇張なく引き出して社会の便益に結びつけるインセンティブの制度的仕組みを創ることを、国家の責務とすべきだ。電波に限らず、発送配電分離による電力市場設計、空港発着枠割り当てなど、政府がなすべき制度設計の仕事は山積している。こうした問題の本質的な解決のためには、マーケットデザインの専門的な活用が必要不可欠なのだ。

 

参考文献

 

Ausubel, L., P. Cramton, and P. Milgrom (2006): “The Clock-Proxy Auction: A Practical Combinatorial Auction Design,” in Combinatorial Auctions, ed. by P. Cramton, Y. Shoham, and R. Steinberg. MIT Press.

Clarke, E. (1971): “Multipart Pricing of Public Goods,” Public Choice 11, 1733.

Coase, R. (1960): “The Problem of Social Cost,” Journal of Law and Economics 3, 1-44.

Cramton, P. (2008): “A Review of the 10-40 GHz Auction,” mimeo.

Groves, T. (1973): “Incentives in Teams,” Econometrica 61, 617631.

Jewitt, I. and Z. Li (2008): “Report on the 2008 UK 10-40 GHz Spectrum Auction,” mimeo.

Klemperer, P. (2004): Auctions: Theory and Practice, Princeton University Press.

Krishna, V. (2010): Auction Theory, Second Edition, New York, Academic Press.

Matsushima, H. (松島斉)(2011a): “Price-Based Combinatorial Auction: Connectedness and Representative Valuations,” Discussion paper CIRJE-F-806, University of Tokyo.

Matsushima, H. (松島斉)(2011b): “Efficient Combinatorial Exchanges,” Discussion paper CIRJE-F-826, University of Tokyo.

松島斉 (2011c): 組み合わせ入札に関する試案:羽田空港国内線定期便発着枠の効率的配分に向けて」「季刊経済学論集」764, 2-21, 東京大学経済学会。

松島斉 (2011d):「電波オークション成功の条件」「経済教室」122日日本経済新聞朝刊。

Milgrom, P. (2004): Putting Auction Theory to Work. Cambridge, UK: Cambridge University Press.(ミルグロム、川又邦雄・奥野正寛ほか訳「オークション理論とデザイン」東洋経済。)

Myerson, R. and M. Satterthwaite (1983): “Efficient Mechanisms for Bilateral Trading,” Journal of Economic Theory 29, 265281.

Parkes, D. (2006): “Iterative Combinatorial Auctions,” in Combinatorial Auctions, ed. by P. Cramton, Y. Shoham, and R. Steinberg. MIT Press.

Vickrey, W. (1961): “Counterspeculation, Auctions, and Competitive Sealed Tenders,” Journal of Finance 16, 837.



[1] ヴィックリー (Vickrey)、ハーヴィッツ(Hurwicz)、マイヤーソン (Myerson)、マスキン (Maskin)といった、オークションおよびその一般的なアプローチであるメカニズムデザインの研究者は、1996年と2007年にノーベル経済学賞を受賞している。オークションについての代表的な教科書には、Milgrom (2004), Krishna (2010), Klemperer(2004)がある。

[2] 電波オークションおよびオークション理論一般についてのより詳しい解説は、今後「経済セミナー」誌上に連載予定である。また、このエッセイに関連する別の文献として、松島(2011c, 2011d)がある。

[3] Milgrom (2004, 1)を参照せよ。

[4] 詳しい経緯については、Klemperer (2004)を参照されたい。

[5] Vickrey (1961), Clarke (1971), Groves (1973).

[6] 関連文献として、Cramton (2008) および Jewitt and Li (2008)を参照せよ。